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信州奈川村(現松本市奈川)は、江戸時代には尾張藩に属し木曽福島代官・山村氏の支配下に置かれ、「尾州岡船」と呼ばれる独特の牛による運送業が発達しました。奈川は、国境の野麦峠を往来する物資輸送の拠点で、飛騨から北陸、松本・木曽・伊那を結びこの地の年取に必要な鰤をはじめ様々な物資が行き交いました。街道は野麦街道とも鰤街道とも呼ばれ、この街道を通じて全国にその名を馳せました。
そして、明治時代に入っても、「ああ野麦峠」で知られる野麦峠を通って、製糸産業を支えた飛騨の工女たちの交通路として賑わいました。
しかし、奈川は乗鞍山麓の山間地であり、厳しい気候がゆえ、戦後まではそばが主食でした。現代から見れば、蕎麦は贅沢な食材ですが、当時は米が貴重で、3食のうち2食はそば水団などを食し、冠婚葬祭などの特別な時は「とうじそば」でもてなしたりしました。そんな時代が昭和初期頃まで続きました。
そんな歴史、文化を背景に風味の良い奈川のそばと郷土料理「とうじそば」を大勢の方にご提供するため、昭和57年にそばの専門店として、そばの里奈川は、オープンしました。野麦峠スキー場や天然温泉の湧く渋沢高原の入口に立ち、長野県の伝統的な民家建築である「本棟造」が、豊かな自然と溶け合っています。奈川のそば打ち名人がおそばを打ち、元気なスタッフが店を切り盛りしています。奈川の伝統の味、古来より特別なごちそう「とうじそば」を心を込めてご提供しています。
(奈川観光協会ホームページより一部抜粋)
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